シンガポール銀行セクター追加レポート
SVBの経営破綻とシンガポール地場銀行との比較
原文:グレン・ツーム(Glenn Thum)
フィリップ証券シンガポール
銀行・金融セクター・リサーチアナリスト
原文公開日:2023年3月13日
本レポート作成日:2023年3月14日
【レポートサマリー】
- 3月8日、シリコンバレー銀行(SVB)は保有する有価証券の売却損に伴う5億USDの増資を発表した。これに対して顧客が420億USDの預金を引き出そうとしたため、3月10日に流動性不足による支払い不能に陥り閉鎖され、FDIC(連邦預金保険公社)の管理下となった。
- シンガポール銀行の総資産に対する有価証券の比率は15%である一方、破綻前のSVBの57%であった。資産に占める変動金利貸付金の構成比率が大きいため、高い金利への変化を顧客に転嫁させやすい性質をもっている。
- オーバーウェイト継続:シンガポールの銀行に対するポジティブな見方を維持する。銀行の配当利回りは7%と魅力的であり、過剰な自己資本比率を是正することによるROE向上への動きによって、アップサイドサプライズの可能性がある。シンガポールの銀行は、資産の大半が融資であり、金利の上昇を顧客に転嫁できるため、SVBとは異なる。
図1: シリコンバレー銀行(SVB)とシンガポール地場銀行3行における各指標比較
引用元: 各銀行公表値, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ
■SVB保有資産における有価証券投資への集中、特に満期保有に区分される債券で大部分が構成されていた問題
22年決算期において、SVB は保有資産の57%が有価証券で構成されており、その大半は政府機関の保証を受けた債券であった。金利が上昇を始めた際に、債券価格は急落し、SVBの投資ポートフォリオ価値を棄損した。米国の銀行は、有価証券を購入する際、満期まで保有するかどうかを前もって決めることができ、これらの有価証券を「満期保有(HTM)」または「売買目的(AFS)」に指定することができる。売買目的資産と満期保有資産の違いは、売買目的である場合には時価評価に曝される点である。2022年12月末時点において、SVBは152億ドルの満期保有債券の未実現損失を抱えており、その額は純資産額の93%に相当していた。
一方で、シンガポールの3大地場銀行は全資産15%程度の有価証券しか保有していないシンガポール銀行も債券損失に見舞われるも資産部分を多く占める貸付金は変動利率であり、金利上昇を債務者へ転嫁することが可能である。
■資産と預金の成長率が急上昇した一方、流動カバレッジ比率と当座/預金比率が低水準のままであった
SVBの資産は過去3年間で平均44%の定率成長率で増大し、一方で預金は41%で増大したが、預金の増加要因はベンチャーキャピタルの台頭にある。その背景にはパンデミック期におけるベンチャーキャピタルの興隆があり、SVBの顧客は潤沢な資金を持つようになっていった。一方で融資資金に対する需要は弱く、SVBは、こうした新規の預金を証券ポートフォリオもしくは現金保有として保持するかのいずれかを選択していた。22年下半期以降に上昇し始めた金利によって債券で構成されるポートフォリオの含み損が顕在化しはじめた。
シンガポールの地場銀行は、この点において、資産と預金の増加は過去3年間みられるものの、平均定率成長(CAGR)は資産と預金(負債)でそれぞれ6.9%と6.7%というより緩やかな成長であった。融資額/預金比率が83%であることや、当座/預金比率が53%といった数値ともに融資額成長に注視するべきである。金利上昇局面において、シンガポール地場銀行の融資額の大部分は変動金利であるため、高い資金調達コストを直接的に顧客へ転嫁することが可能であり、残りの固定金利部分についても金利条件の見直しが可能である。
■必要な流動性カバレッジ比率が満たされない問題
大まかな考え方としては、規制当局は金利リスクを流動性カバレッジ比率(LCR)といった指標を用いて監督しており、銀行は有事シナリオに備えて十分に高い品質をもつ流動資産を用意する必要がある。SVBの場合には、FRBが定める750億ドルのノンバンク資産保有といった基準から外れており、LCRの要求水準を満たす必要のある金融機関の対象となっていなかった。
シンガポール地場銀行においては、シンガポール金融管理局の要請に基づき、要求される最低水準のLCRをシンガポールドルおよび取り扱うすべての通貨において達成しなければならないとされている。シンガポールの各行は22年12月末時点でおおよそLCR144%程度にあり、最悪シナリオにおける預金の流出増大といった事態にも耐えられる流動資産水準にある。
■資本比率やレバレッジ比率は、シンガポール地場銀行とは近い水準にあった
興味深いことに、SVBのリスク資産に対する普通株等Tier1比率(CET1比率)は12.05%であり、おおよそ14.4%程度のシンガポール地場銀行のCET1比率と近い水準にあった。レバレッジ比率は13.2倍であり、シンガポール地場銀行の11.6倍よりも、高い水準にあった。
■投資行動レーティング
オーバーウェイト継続: 我々はシンガポール銀行についてのポジティブ展望を保持している。各行の配当性向は5.7%台にあり、過剰な自己資本の是正を行いROEを高めようとすることによるポジティブサプライズが期待できる。シンガポール銀行はSVBと比較した場合に、資産の大部分が融資形態であることや、金利上昇を顧客に転嫁できるといった点で異なっている。
*上記投資行動レーティングおよびシンガポール地場銀行各行の投資レーティングの詳細、およびレーティングシステムの仕組みについては、別途3月19日(原文公開3月7日のシンガポール金融セクターレポートを参照のこと。
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アナリストのご紹介 フィリップ証券リサーチ部
笹木 和弘
フィリップ証券株式会社:リサーチ部長
証券会社にて、営業、トレーディング業務、海外市場に直結した先物取引や外国株取引のシステム開発・運営などに従事。その後は個人投資家や投資セミナー講師として活躍。2019年1月にフィリップ証券入社後は、米国・アセアン・日本市場にまたがり、ストラテジーからマクロ経済、個別銘柄、コモディティまで多岐にわたる分野でのレポート執筆などに精力的に従事。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員、国際公認投資アナリスト(CIIA®)。