シンガポール銀行セクターレポート・10月
原文:グレン・ツーム(Glenn Thum)
フィリップ証券シンガポール
銀行・金融セクター・リサーチアナリスト
原文公開日:2023年10月13日
本レポート作成日:2023年10月30日
【レポートサマリー】
- 9月の3ヶ月複利シンガポールオーバーナイト金利(3M-SORA)は前月比(MoM)で1bps上昇の70%、3ヶ月複利香港銀行間貸出金利(3M-HIBOR)はMoMで3bps低下の4.95%。
- 8月のシンガポール国内融資残高は前年同月比(YoY)で71%減少し、予想を下回った。融資額の減少幅は前月からやや拡大した。当座・普通預金比率(CASA比率)は横ばいの18.8%(23年7月:18.9%)。
- オーバーウェイトを継続:銀行に対しては引き続きポジティブ。シンガポール地場銀行の配当利回りは7%と魅力的で、過剰な自己資本比率是正によるROE向上を目指す動きがあれば、配当などの還元による上方サプライズの可能性がある。シンガポール取引所(SGX)も金利上昇の恩恵を受ける企業の一つであるとみている(SGX SP、買い、目標株価 11.71S$)。
DBSグループ・ホールディングス | |
買い(継続) | |
ブルームバーグコード | DBS SP |
最終取引値 (10/3) | SGD 33.80 |
予想配当額 | SGD 1.86 |
目標株価(PSR) | SGD 41.60 |
配当利回り | 5.50% |
トータルリターン | 28.58% |
オーバーシー・チャイニーズ銀行(OCBC) | |
買い(継続) | |
ブルームバーグコード | OCBC SP |
最終取引値 (10/3) | SGD 12.98 |
予想配当額 | SGD 0.85 |
目標株価(PSR) | SGD 14.96 |
配当利回り | 6.55% |
トータルリターン | 21.80% |
ユナイテッド・オーバーシー銀行 (UOB) | |
買い(継続) | |
ブルームバーグコード | UOB SP |
最終取引値 (10/3) | SGD 28.36 |
予想配当額 | SGD 1.75 |
目標株価(PSR) | SGD 35.90 |
配当利回り | 6.17% |
トータルリターン | 32.76% |
9月のシンガポール金利成長は横ばいも、香港金利は引き続き低下
シンガポール金利は9月に横ばいの動きを見せた。3ヶ月複利シンガポールオーバーナイト金利(3M-SORA)は前月比(MoM)で1bps上昇の3.70%となった。9月の3M-SORAは前年同月比(YoY)では186bpsの上昇となり、23年3Q中の3M-SORAの平均値3.69%(2Q23:3.62%)を7bps上回った。
香港の金利は低下し、数ヵ月に見せた上昇傾向から反転している。3ヶ月複利香港銀行間貸出金利(3M-HIBOR)はMoMで3bps低下の4.95%で、8月におけるMoM12bpsの低下に比べ減少幅は縮まった。
しかしながら、3M-HIBORは2023年初来で3番目に高い水準に達している。9月の3M-HIBORはYoYで197bps上昇し、23年3Qの3M-HIBOR平均の5.01%を6bps上回った(図1)
図1:9月のHIBORは低下、SORAは横ばい
引用: ブルームバーグ, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
シンガポール融資額成長は低下を継続
8月のシンガポール居住者向け融資(シンガポール居住者向けの全通貨建の融資額が対象)はYoYで6.71%減の7,860億シンガポールドルとなった。金利上昇が消費者に本格的に浸透し始めたためで、2023年の融資額成長率は通年を通して対前年比で1桁台前半のプラス成長となるとした弊社予想を下回った。
8月のビジネス・ローンはYoYで9.69%減少した。最大の事業セグメントである建築・建設業向け貸出はYoYで1.93%減の1,690億Sドル、製造業向け貸出はYoYで21.38%減の217億Sドルとなった。
消費者ローンは8月、YoYで1.73%減の3,100億S$となった。各事業セグメント向け融資には落ち込みが観測されているが、住宅セグメントにおける旺盛なローン需要がそれらを若干相殺している。消費者ローンの約70%を占める住宅ローンは、YoY 1.05%増の 2,230 億 S ドルとなった。
ノンバンク顧客向けの全通貨建預金を含む預金・残高合計は、8月にYoYで3.10%増の1兆7,760億S$となった。当座預金・普通預金(CASA)の比率は横ばいの18.8%(23年7月:18.9%)、預金残高は3,340億S$だった。
図2: シンガポール国内融資成長率(YoY)推移
融資額成長率(YoY) |
|
2023年8月 | -6.71% |
2023年7月 | -6.15% |
2023年6月 | -5.02% |
2023年5月 | -4.88% |
2023年4月 | -5.86% |
2023年3月 | -3.98% |
2023年2月 | -3.10% |
2023年1月 | -1.89% |
2022年12月 | -0.30% |
2022年11月 | 0.67% |
引用: CEIC, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
香港の融資増加率は引き続き低下
香港の8月の国内融資額成長率はYoYで4.46%減、MoMでは0.28%減となった。2023年7月にみられたYoYでの融資額成長率4.73%減、およびMoM融資額成長率0.98%減よりも低下率は減速する結果となった。
図3:香港の融資額成長率は8月に入ってさらに低下した
引用: CEIC, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
市場の中国懸念を反映して、ボラティリティは拡大
9月の株式日次平均売買代金(SDAV)速報値はYoYで27%減の8億5,800万米ドル(図4) 過去4カ月で最大YoYでの低下となった。9月のVIX(S&P500)の平均は15.2と前月15.9から低下。9月のデリバティブ日次平均出来高(DDAV)は107万枚となり、YoYで3%、MoMで3%の減少となった。
株価指数先物取引高上位4銘柄の9月の取引高は、YoYで17.1%減の 996万枚となったが(図5)、これは主に日経225指数先物とMSCIシンガポール先物指数のYoYでの下落が寄与している。MoM推移では9月のFTSE中国A50指数先物の取引高は24.8%減、日経225先物は20.5%増となった。
図4 : デリバティブ出来高と株式売買代金の前年比推移
株式
日次平均売買代金 (百万$) |
YoY |
デリバティブ
日次平均取引高 (百万枚) |
YoY |
|
2023年9月 | 858 | -27% | 1.07 | 3% |
2023年8月 | 1,061 | -4% | 1.04 | 13% |
2023年7月 | 1,014 | 13% | 0.98 | -1% |
2023年6月 | 1,174 | 1% | 1.03 | -6% |
2023年5月 | 1,032 | -31% | 0.98 | -13% |
2023年4月 | 969 | -24% | 0.96 | -12% |
2023年3月 | 1,216 | -22% | 1.04 | -11% |
2023年2月 | 1,105 | -33% | 1.01 | -5% |
2023年1月 | 1,159 | -4% | 1.08 | +6% |
2022年12月 | 935 | 10% | 0.92 | +8% |
2022年11月 | 1,239 | -8% | 1.09 | +27% |
2022年10月 | 1,154 | 0% | 1.22 | +23% |
引用:シンガポール取引所(SGX), ブルームバーグ, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
図 5: 株価指数先物の取引高上位5銘柄は前年同期比(YoY)で低下した
株式指数名 | 22年9月 | 23年9月 | YoY 増減 |
FTSE China A50 Index Futures | 7,766,893 | 6,571,431 | -15.4% |
Nikkei 225 Index Futures | 1,508,398 | 1,040,619 | -31.0% |
MSCI Singapore Index Futures | 1,315,294 | 1,038,866 | -21.0% |
FTSE Taiwan Index Futures | 1,412,002 | 1,304,094 | -7.6% |
各部合計 | 12,002,587 | 9,955,010 | –17.1% |
引用:シンガポール取引所(SGX), ブルームバーグ, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
シンガポール地場銀行の中国地域へのエクスポージャー
23年上半期にてシンガポール地場銀行3行(DBS、OCBC、UOB)は税引き前利益の17%が中国地域(中国本土および香港)を占めており、また総融資額の24%が中国地域を相手としている。3行のうち最も中国地域へのエクスポージャーが大きいのがOCBCであり、税引き前利益の23%と総融資額の24%が中国圏から来ている。一方でUOBは最も中国圏へのエクスポージャーが低く、税引き前利益と融資額はそれぞれ3%と16%が中国圏向けとなっている。
図 6: シンガポール地場銀行各行の中国圏エクスポージャー比較
中国圏へのエクスポージャー比率(%) | DBS | OCBC | UOB | 合計 |
税引き前利益 | 19.7 | 23.2 | 3.2 | 16.6 |
融資 | 28.9 | 24.4 | 16.2 | 23.7 |
預金 | 10.2 | 10.4 | 5.9 | 9.0 |
引用:企業公表値、フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
シンガポール銀行関連ニュース
- 9 月 27 日、マルウェア詐欺から顧客を保護するための監督強化を地場銀行3行が発表した。UOB は 2 つの新しいセキュリティ機能を段階的に展開。DBS は今月初めにセキュリティ診断ダッシュボードを立ち上げ、9 月から DBS/POSB デジバンク アプリに新しいマルウェア対策ツールを段階的に導入している。
- 9月26日、シンガポール金融管理局(MAS)は、世界の富裕層の中心地で起きた24億S$のマネーロンダリングに関与した金融機関・銀行各行が、リスク軽減のための合理的な措置を講じていたか調査していると発表。 広報担当者によれば、調査により銀行の管理上の欠陥が明らかになった場合には措置を講じると述べた。
- 9月22日、MASは銀行預金に適用する保険制度を発表し、対象となる預金額は現在の75,000ドルから預金者1人当たり100,000ドルに引き上げられる。この措置は2024年4月1日から発効する。これにより、シンガポール預金が管理するMASの預金保険(DI)制度で預金者の91%が完全に保護される。この制度はシンガポール預金保険会社(SDIC)により管理され、銀行や金融会社におけるシンガポールドル預金への保護適用となる。
- 9月5日、GXS銀行の子会社であるGX銀行ベルハッド(GXBank)は、デジタル銀行ライセンス申請を行った5行のうちマレーシアでの営業開始の承認を最初に取得したことを発表した。GXバンクは、マレーシア・ネガラ銀行(BNM)が設定した24年4月の期限に先立ち、マレーシア財務大臣とBNMから承認を得た。 同銀行は業務準備審査も無事に完了し、9月1日の業務開始が承認された。
投資行動への示唆
オーバーウェイトを継続:シンガポール銀行セクターについては引き続きポジティブな見方を継続する。シンガポール地場銀行の配当利回りは魅力的な水準にあり、過剰資本比の是正によりROEを向上させる動きがあれば、上方サプライズに期待できる。安定した経済情勢と金利上昇は銀行セクターにとって引き続き追い風である。SGXも金利上昇の恩恵を受ける企業の一つであると我々は見ている。
図7:過去5年のシンガポール地場銀行のPBR推移
引用: ブルームバーグ, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
図8: 各行の目標PBR
(単位:倍率) |
DBS | OCBC | UOB |
過去最高値
過去最低値 |
1.62
0.81 |
1.50
0.73 |
1.43
0.79 |
5年平均値 | 1.17 | 1.09 | 1.12 |
現在値 | 1.34 | 1.02 | 0.97 |
目標値 | 1.36 | 1.27 | 1.17 |
目標株価(S$) | 41.60 | 14.96 | 35.70 |
引用: ブルームバーグ, フィリップ・セキュリティーズ・リサーチ(PSR)
【略語リスト】
NIM : | 純金利マージン |
NII : | 純資金運用収入 |
SIBOR : | シンガポール銀行間貸出金利 |
SORA : | シンガポール・オーバーナイト金利平均 |
SOR : | スワップ・オファー・金利 |
HIBOR : | 香港銀行間貸出金利 |
DDAV(Derivatives Daily Average Volume) : | デリバティブ日次平均出来高 |
SDAV (Securities Daily Average Value): | 株式日次平均売買代金 |
PATMI : | 税引き後少数持ち分調整後純利益 |
- 上場有価証券等のお取引の手数料は、国内株式の場合は約定代金に対して上限1.265%(消費税込)(ただし、最低手数料2,200円(消費税込)、外国取引の場合は円換算後の現地約定代金(円換算後の現地約定代金とは、現地における約定代金を当社が定める適用為替レートにより円に換算した金額をいいます。)の最大1.10%(消費税込)(ただし、対面販売の場合、3,300円に満たない場合は3,300円、コールセンターの場合、1,980円に満たない場合は1,980円)となります。
- 上場有価証券等は、株式相場、金利水準等の変動による市場リスク、発行者等の業務や財産の状況等に変化が生じた場合の信用リスク、外国証券である場合には為替変動リスク等により損失が生じるおそれがあります。また新株予約権等が付された金融商品については、これらの権利を行使できる期間の制限等があります。
- 国内金融商品取引所もしくは店頭市場への上場が行われず、また国内において公募、売出しが行われていない外国株式等については、我が国の金融商品取引法に基づいた発行者による企業内容の開示は行われていません。
- 金融商品ごとに手数料等及びリスクは異なりますので、お取引に際しては、当該商品等の契約締結前交付書面や目論見書又はお客様向け資料をよくお読みください。
免責事項
- この資料は、フィリップ証券株式会社(以下、「フィリップ証券」といいます。)が作成したものです。
- 実際の投資にあたっては、お客様ご自身の責任と判断においてお願いいたします。
- この資料に記載する情報は、フィリップ証券の内部で作成したか、フィリップ証券が正確且つ信頼しうると判断した情報源から入手しておりますが、その正確性又は完全性を保証したものではありません。当該情報は作成時点のものであり、市場の環境やその他の状況によって予告なく変更することがあります。この資料に記載する内容は将来の運用成果等を保証もしくは示唆するものではありません。
- この資料を入手された方は、フィリップ証券の事前の同意なく、全体または一部を複製したり、他に配布したりしないようお願いいたします。
アナリストのご紹介 フィリップ証券リサーチ部
笹木 和弘
フィリップ証券株式会社:リサーチ部長
証券会社にて、営業、トレーディング業務、海外市場に直結した先物取引や外国株取引のシステム開発・運営などに従事。その後は個人投資家や投資セミナー講師として活躍。2019年1月にフィリップ証券入社後は、米国・アセアン・日本市場にまたがり、ストラテジーからマクロ経済、個別銘柄、コモディティまで多岐にわたる分野でのレポート執筆などに精力的に従事。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員、国際公認投資アナリスト(CIIA®)。