シンガポール証券取引所レポートー中国経済の回復に対する慎重と楽観ー
公開日:2023年2月20日, 翻訳作成日:2023年3月9日
*このレポートはシンガポール取引所が発行した、経済見通しと市場、発行体に関するレポートを日本のフィリップ証券が翻訳して作成しています。
【レポートサマリー】
- 2023年の中国GDPは2%成長の見込み。IMF対中4条協議によれば、中国当局は23年の経済回復については楽観的であり、中長期的な高成長の可能性を大きく見ている。不動産市場リスクの高まりについて中国とIMFの認識は共通しているが、中国当局は管理可能とコメント。
- 香港証券取引所のテクノロジー企業大手30社からなるハンセン・テック指数を投資対象とするライオン・グローバル・OCBC・ハンセン・テックETFは、市場の期待感から1口8セント(10/31)から72.0セント(2/16)まで上昇。SGXは中国の証券取引所との商品連携を進めており、SZSE(深圳証券取引所)とSSE(上海証券取引所)に投資するETF2銘柄の上場を承認。
- IMFのソナリ・ジェイン=チャンドラは、中国不動産市場の低迷、世界的な需要低下による中国輸出への影響などを23年中国経済の潜在的リスクとして指摘。高齢化や資本収益性の低下、生産性成長鈍化などの長期的構造問題も抱える。
中国の経済見通しと直近の投資パフォーマンス
2022年の3.0%成長に続き2023年の中国のGDPは5.2%成長する見込みであり、世界の2023年の成長率の4分の1を占めるものとなるだろう。最近公表されたIMF 4条に基づくエコノミストチームとの協議(IMF対中4条協議)における諮問によれば、中国の国内当局は2023年の着実な回復について楽観的であり、中長期的な高成長の可能性を大きく見ており、不動産市場のリスクが高まっているという点について中国当局とIMFは同意しているが、中国当局は不動産の市場リスク全体は管理可能であるとしている。
シンガポールの上場企業には、売上の半分近くが中国に依存しているような銘柄が100近くあり、直近の決算では多くの業界見通しにおいて楽観論に慎重さが加わる特徴が見られた。『FTSE ST中国指数』は、シンガポール取引所時価総額98%を占める『FTSE STオールシェア・インデックス』の構成銘柄のうち、売上高もしくは営業資産の50%以上が中国本土で構成される企業を選出して構成されている。当指数の10月31日から2月16日までのトータルリターンは、構成比率の高いジャーディン・マセソン・ホールディングスのトータルリターン6.3%に牽引されて、7.1%で着地した。当指数の構成比率上位10銘柄の最近のパフォーマンスは以下の通りである。
SGX上場企業による最近の中国経済の見通し
中国厦門市で百貨店・ショッピングモール店舗を営むチョンミン・バフイ・リテールグループ(Zhongmin Baihui Retail Group, SGX: 5SR)は、2月15日、中国経済が時間をかけて回復に向かうと予想していると述べた。同社は警戒感を示しつつも、消費者が市場に戻ってくれば事業も同様に改善すると楽観視している。2月17日、サッサーグループ(Sasseur Group)の会長であるVito Xu氏によれば、中国政府が国内消費を優先して個人所得を引き上げると宣誓したことは、中国国内の消費見通しにとって良い兆候であるとされる。また、Xu氏は加えて、サッサー・リート(Sasseur Real Estate Investment Trust, SGX: CRPU)のマネージャーが23年1月時点で小売業界における回復の兆しを見据えており、これまで抑制されていた消費者需要が再燃していく見込みであると述べた。
フィデリティのマルチメディア・ポートフォリオ・マネージャーのエブリン・フアン氏は、抑制された消費需要が高まることによる潜在的な個人消費の増加は、6兆人民元程度見込まれると強調している。
キャピタランド・チャイナ・トラスト(CapitaLand China Trus, SGX: AU8U)は、経済再開と支援的な財政・金融政策により、予想通りの景気回復が維持されると述べ、当リートが経済再開の流れや、個人消費の増加、ビジネス環境の改善から利益を得る上で有利な立場にあることを付け加えた。
チャイナ・ユエンバン・プロパティ・ホールディングス(China Yuanbang Property Holdings, SGX: BCD)も、2月10日、パンデミックからの再開に伴い、負債を抱える住宅開発業者への信用支援、プロジェクトの完成と住宅所有者への引き渡しを確実にするための金融支援、住宅購入者への支払い猶予ローン支援などといった一連の不動産支援策を背景に、不動産市場に潜在的な回復の兆しが出ていると述べ、警戒しつつも先行きを楽観視していることを示した。
一方、海港ウォーターフロントでは、中国広東省や香港などの河川港湾を投資対象とする事業信託会社であるハチソン・ポート・ホールディングス・トラスト(Hutchison Port Holdings Trust, SGX: NS8U)の見解は、今年中に予想される国際貿易の緩やかな改善といった要因以外にも、これまで運営コストを圧迫していた深圳東部の塩田区における、人や物流を政府が管理する閉ループ管理措置の廃止や、国境を越えたトラック輸送の回復に伴う香港へのコンテナ運輸回帰の流れから、同社の事業信託は恩恵を受けるとの会社予想である。
直近の市場動向、新しいポートフォリオ商品とトレーディング活動の傾向
経済再開の動きは商品市場にも影響を与えている。鉄鉱石は昨年10月31日から今日まで続く経済再開モメンタムを受けて最もよいパフォーマンスをあげている。iEdge SGX鉄鉱石先物指数は、海上鉄鉱石市場動向に連動しており、SGX TSI 鉄鉱石CFR 中国指数(鉄分62%粉鉱) に対する先物契約で構成されている。中国は、不動産、建設、製造業で使用される鉄筋、鋼板、熱延コイルといった鉄鋼製品の主原料である鉄鉱石の主要輸入国であるため、2023年の中国主導の成長について昨今の見通しが明るくなるのに連なり、同指数は5,800付近(10月31日)から8,970付近(12月31日)、そして23年2月16日の9,713まで推移。
市場の期待感に牽引され、『ライオン・グローバル・OCBC・ハンセン・テックETF (Lion Global-OCBC Hang Seng Tech ETF, SGX: HSTECH)』 は10月31日の1口49.8セントから2月16日の1口72.0セントまで上昇した。このETFは、香港証券取引所(HKEX)に上場している、テクノロジー業界大手30社に代表されるハンセン・テック指数を投資対象としている(四半期毎のリバランス、構成銘柄の加重8%を上限)。ハンセン・インデックス社によれば、ハンセン・テック指数は、クラウド、デジタル、Eコマース、フィンテック、インターネット等の技術テーマへの高いエクスポージャーがあり、そうした技術を応用した事業運営と研究開発投資、もしくは高い収益成長といった特徴を持つ革新的企業群で構成される。年間信託報酬は0.45%、預かり資産総額(AUM)は3億4,000万S$。10月31日の以降SGXで最も取引量の多いETF。過去180日間における価格変動率は48%である。
SGXは他にも、深圳証券取引所(SZSE)とのETF商品連携の一環として、創業板(チャイネクスト市場)と上海証券取引所(SSE)の科創板(スター市場)の上場企業に投資する中国テーマ型ETF2銘柄の上場を承認した。
『UOBAMピン・アン・チャイネクストETF(UOBAM Ping An ChiNext ETF, SGX: CXS)』は、SZSEのチャイネクスト市場に上場する上位100社を表す『チャイネクスト指数』への連動を目指すETFである。『COCSOP CSI スター&チャイネクスト50指数ETF(CSOP CSI STAR and ChiNext 50 Index ETF, SGX: SCY)』は、上海証券取引所スター市場と深圳証券取引所チャイネクスト市場に上場する企業の中から、新興産業に関わる50銘柄を選定した『CSI スター & チャイネクスト 50 指数』のパフォーマンスへの連動を目指すETFである。チャイネクスト市場とスター市場には、リチウムイオン電池の開発・製造で世界をリードするコンテンポラリー・アンペレックス・テクノロジー社や、中国本土最大の受託チップメーカーであるセミコンダクター・マニュファクチャリング・インターナショナル社などが上場しているのが注目される。11月14日に『UOBAMピン・アン・チャイネクストETF』 が、12月30日には『COCSOP CSI スター&チャイネクスト50指数ETF』が、それぞれ1口1.00シンガポールドルにて設定開始され、2月16日には其々1.048シンガポールドルと1.042シンガポールドルでの取引価格に達している。その一方で、SGX FTSE中国A50指数先物とSGX米ドル/人民元先物の受注量が過去7週間の間に継続して増加。投資家がポートフォリオリスク対処へ関心を向けていることが示唆される。
主要な下方リスク
IMFの中国担当ミッションチーフであるソナリ・ジェイン=チャンドラは、2023年の中国経済に対する潜在的な下振れリスクとして、中国のGDPの5分の1を占める不動産市場のさらなる低迷や、世界的な需要低下が中国輸出に影響を与える可能性を挙げている。これら2023年の中国経済に先立つこうした逆風は、人口高齢化、投資主導型成長に対する収穫逓減、およびこれに伴う生産性成長鈍化といった長期的な構造課題に加わるものである。2月3日に発表されたIMF4条協議に基づく諮問では、中国当局はリスクが顕現した場合に対処するためのマクロ経済政策を伸縮的に考えているものと伝えられている。ムーディーズ・インベスター・サービス社による2月13日のセクター報告によれば、3月に予定されている全国両会後に経済刺激策が実行される可能性は高いとされている。その中では中国政権は、民間消費と公共支出に焦点を当てる一方で、インフラ整備については比重を低くしていくものと見られている。同報告ではさらに、中国の金融政策についても、流動性供給を広く行う一方で、インフレーション制御を模索していくものになるだろうと言及している。ほとんどの先進国のインフレ見通しと同様に、中国の成長見通しは可変的である。
グローバル視点での大局的な投資テーマ
市場はまた、国際貿易と国際収支の見通しについても機敏である。前述した中国が主要輸入国となる鉄鉱石の例はもとより、 中国は各国にとっての主要貿易相手国である。さらに多くの発展途上国経済に対する主要な貸し手となっている。この国際貿易と国際収支の2つは中国にかかわる重要なテーマである。IMFのトーマス・ヘルブリング氏は世界的な先端技術デカップリング(先進国と新興国間の非連動性)がもたらす経済的コストについて注目しており、同氏によれば、国際金融における主要な貸し手となった現在の中国は、今やG20の債務処理共通枠組みに列席しており、国際的な債務危機においてなんらかの債務減免処置が必要となった際に、主要な解決策を担う可能性があると指摘している。
環境問題への迅速な取り組みも、中国に関連する重要なグローバルテーマである。SIICエンバイアロンメント・ホールディングス(SIIC Environment Holdings Ltd, SGX: BHK)は、中国における水処理と環境保護のリーディングカンパニーであり、グループの主要な廃棄物プロジェクトである上海宝山区の再生可能エネルギー利用施設(Shanghai Baoshan Renewable Energy Utilisation Center)が2022年9月に試運転段階に入ったことを背景に、22年決算期9ヶ月間(22年9月末)における建設収入は前年同期比で25%増加した。中国における最大の民間造船会社の一つであるヤンジジャン・シップビルディング・ホールディングス(Yangzijiang Shipbuilding Holdings, SGX:)は、昨今のより厳格な環境規制をクリアする大型船需要に対応すべく、グリーン大型船に取り組んでいる。
「インダストリー4.0(第4次産業革命)」に対するソリューションを提供するISDNホールディングスは、3つの水力発電所のスポンサーとなり、すでに、アジアの農村地域にクリーンエネルギー供給を開始している。同社は12月末の21年決算期の売上高4.4億シンガポールドルのうち70%が中国にある。続く22年上半期の売上高は前年同期比12%減、22年第3四半期の売上高は10%減と報告されており、4月には中国のCOVID-19対策でサプライチェーンと労働力が混乱していると報告している。株価は2021年末の0.725シンガポールドルから10月31日には0.365シンガポールドルまで下落したが、最近の中国の着実な回復に対する慎重な楽観論が株価を支え、2月16日には0.59シンガポールドルまで戻した。
消費者需要に牽引された成長
大多数の経済学者は、中国経済がより国内消費者需要に牽引された経済構造へと変わってきていることを認知しており、またこうした傾向が、先立つ逆風と課題を幾分緩和し得るとみている。CEICのデータによれば、中国のGDPに占める民間消費の割合は38.2%にもなっており、2011年の35.2%よりも上昇してはいるものの、多くの経済大国にはまだ差をつけられている。
データ:中国の名目GDPに占める民間消費の比率(%)推移(2010-2021年)
引用元:CEIC
先端技術の取入れ速度は速く、Eコマース分野と中小企業が、中国やその他のアジアにみられる高い家計貯蓄率を消費者需要牽引型の成長へ転換していくための重要な役割を担っている。こうした規模で起こる変革には警戒心を持つ必要がある。コンサルティング会社であるオリバー・ワイマンは、2020年に、世界の先端技術業界が直面している喫緊の課題は、個人や社会の安全保障であるとしている。責任ある技術革新と健全な競争を促し、データのプライバシーとマネタイズに関する理解しやすく一貫性のある指標に基づいた管理を確立する必要があるとしている。
1月に入り、中国銀行保険監督管理委員会(CBIRC)は、アリババの金融会社であるアントグループの消費者金融部門において105億人民元の調達を行うことを承認した。この動きについて、チャイナ・デイリー紙はシニアアナリストの見解を引用し、「当局はプラットフォーム企業の発展を支援するという方針についての明確なシグナルであり、アント社の最新の動きは消費者金融業界に活力を与えることが期待できる」とした。経済の先行きには警戒感と楽観論が入り混じっているが、ここ数週話題を攫った対話型人工知能(Chatbot) などの例にみられるように、テクノロジーの進歩は消費者や投資家の関心を惹きつけている。
先端技術の取入れ速度は速く、Eコマース分野と中小企業が、中国やその他のアジアにみられる高い家計貯蓄率を消費者需要牽引型の成長へ転換していくための重要な役割を担っている。こうした規模で起こる変革には警戒心を持つ必要がある。コンサルティング会社であるオリバー・ワイマンは、2020年に、世界の先端技術業界が直面している喫緊の課題は、個人や社会の安全保障であるとしている。責任ある技術革新と健全な競争を促し、データのプライバシーとマネタイズに関する理解しやすく一貫性のある指標に基づいた管理を確立する必要があるとしている。
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アナリストのご紹介 フィリップ証券リサーチ部
笹木 和弘
フィリップ証券株式会社:リサーチ部長
証券会社にて、営業、トレーディング業務、海外市場に直結した先物取引や外国株取引のシステム開発・運営などに従事。その後は個人投資家や投資セミナー講師として活躍。2019年1月にフィリップ証券入社後は、米国・アセアン・日本市場にまたがり、ストラテジーからマクロ経済、個別銘柄、コモディティまで多岐にわたる分野でのレポート執筆などに精力的に従事。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員、国際公認投資アナリスト(CIIA®)。